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土壌フローラが農業を救う!?土壌診断で無農薬・減農薬農業を支えたい。合同会社土壌診断用バイオセンサー研究会代表 橋本好弘さん

土壌フローラが農業を救う!?土壌診断で無農薬・減農薬農業を支えたい。合同会社土壌診断用バイオセンサー研究会代表 橋本好弘さん

記事:高塚保(株式会社毎日みらい創造ラボ) 土の健康診断で無農薬・減農薬・減化学肥料の土作りを支援したい――。合同会社土壌診断用バイオセンサー研究会の橋本好弘代表(65)によると、土の中にいる微生物の状態(土壌フローラ)を診断することで、その土が健康か、病害虫に対する抑止力が弱いかが分かるという。健康な土だと分かれば安心して次の作付けができるし、抑止力が弱いとなれば太陽熱土壌消毒やどのような堆肥を使うべきかアドバイスができる。経験や勘に頼る土作りからデータに基づく土作りをすることで、有機農業や減農薬農業の大きな手助けとなる可能性がある。国は2050年までに耕地面積に占める有機農業の取り組み面積を25%にまで拡大する方針を掲げており、橋本さんがもつ技術に有機栽培農家などからの問い合わせが相次いでいる。 退職して起業!安心安全な食を応援したい! 橋本さんは長崎市出身で、九州大大学院農学研究科で博士号を取得。2001年に種苗会社「株式会社サカタのタネ」に転職し、土中の微生物の状態をみることで土の健康度が分かるバイオセンサー装置の開発に、産業技術総合研究所、東京工科大と共同で取り組み、成功した。その後、会社の方針変更で装置の販売ができなくなり、退職後の2021年に装置の普及と土壌フローラ診断を広めようと合同会社を設立した。 ――どんな思いで合同会社を設立したんですか? 橋本好弘(以下、橋本)さん サカタのタネで微生物活用プロジェクトを立ち上げるということで転職し、検査装置の開発にまでこぎ着けました。しかし、リーマンショックなどの経済環境の変化や経営層の交代などで、サカタのタネではバイオセンサーを事業として展開することができなくなってしまいました。お蔵入りになってしまったのですが、サカタのタネを定年退職する際、当時作った装置を譲ってもらうことができたので、自分でこの事業をやっていこうと考えたわけです。有機農業への国内での関心が高まっていることもあり、安心安全な食の提供につながる農業を応援したいという気持ちもありますね。 ――橋本さんの土壌診断は他の診断と何が違うのでしょうか? 橋本さん 土の診断は大きく分けて三つあり、化学性と物理性と生物性があります。化学性は土のpH(酸度)や養分などのことで、これをもとに窒素やリンなどの肥料の量を判断するための診断です。物理性は土壌の水はけですね。排水性、通気性、保水性など物理的な状態をみます。通気性、排水性が悪いと酸素が土中に供給されず、植物の根が窒息して根腐れを起こしやすくなります。生物性というのが、私がやっている土壌微生物診断になります。肥えた土や肥沃な土と呼ばれるものは、有機物や微生物を豊富に含んだ土のことをさします。これらとは別に病原菌を見つける方法もあります。コロナ禍の時によく出てきましたがPCR検査や抗体検査などですが、見つけられる病原菌は限られています。 【畑から採取した土を診断するために水に溶かす橋本さん】 ――土壌診断は何がいいのでしょう? 橋本さん いろいろな診断はあるのですが、土の健康状態が分かるのが現場の農家の方々には最も役に立つと思うんですよ。人間でもインフルエンザが流行っていても感染する人としない人がいますよね。抵抗力が弱まっている人は感染する。植物の場合、土壌に抵抗力があるのか、そうでないのかが、農作物が病気になるか否かに関わってきますので、土が健康かどうかをみるのが大切なんです。ですので、農家の方にとっては土の健康状態、土壌フローラの状態を見ておくことに大きな意味があります。 ――有機栽培に限らず、診断には意味があるということですね。 橋本さん そうですね。有機栽培に限らず土壌の状態を知っておくことは意味があります。農薬や化学肥料を使っている農家さんでも、使用量を減らしたりすることにつなげられると思います。 ――価格的には利用しやすいのですか? 橋本さん 他の土壌診断では1回の検査が3万円というものがあります。私たちは1回3,000円で提供していますので、価格で言うと10分の1です。大きい会社や法人であれば3万円でも支払うことができるかもしれませんが、私たちは大規模なところではなくても使ってもらいたいという思いから価格はできるだけ安くしたいと考えました。 【最新のバイオセンサー。佐賀県からの補助金を活用して開発した】 実際に土壌診断を利用している有機JAS認定農園の久保利雄さん(71)と南昭彦緒さん(64)にも話を聞いた。 ――橋本さんのバイオセンサーはどうですか? 久保さん 10月23日に検査に出したのですが、翌日には検査結果が出てきました。結果が早く出るのでいいですね。 橋本 土1グラムに100億を超える土壌微生物がいて種類も多いものですから、それを1個1個分けて調べるときりがないんですね。なので、外から入ってくる微生物に対してどれだけ押さえ込む力があるかをバイオセンサーでは診ているんです。個別の微生物がどれだけいるかは調べず、全体としてどれだけ押さえ込む力があるかを診ています。ですので短時間で診断できるという利点があります。 ――診断結果を踏まえて、久保さんはどうされたのですか? 久保さん 私の畑は米ぬかを主としたぼかしを肥料として使っており、それでずっと育ててきた。それがいいのか、悪いのか、地力があるのかないのか、分からないわけです。同じハウスの中で、1年でカボチャ、カボチャ、スナップエンドウと栽培していて、その繰り返しでした。今回は診断結果を踏まえて、橋本さんのアドバイスもあり少し牛糞堆肥を入れてみます。家畜の堆肥は一度使ったことがあるのですが、スナップエンドウの先のところに小さい虫が入ってしまった。そういった経験があったのでなかなか使えなかった。 ――今回は大丈夫ですか? 久保さん 牛糞堆肥の加減でしょうね。それを橋本さんと相談しながらやっていきます。 橋本さん 人間と一緒で土壌微生物にとってもいろんな物を食べさせた方がいいんですね。 ――南さんはバイオセンサーの何に期待していますか? 南さん 窒素、リン酸カリが足りませんから窒素を入れて下さいよ、というのであれば、化学性診断をやり化学肥料を使えばいいのですが、有機栽培ではそういうわけにはいきません。化学肥料は使えないわけですから。だからバイオセンサーで土の状態を調べる方が、有機栽培には向いていると思います。 橋本さんの合同会社の収益は3本柱。これまでのところ、収益の柱で一番大きいのは肥料資材メーカーからの依頼による栽培試験だそうだ。橋本さんの畑でブロッコリーなどの栽培試験を行い液肥の効果を評価している。二つ目は土壌分析で、今後はバイオセンサー装置の販売も手がけていきたいと考えている。 ――その中でもとりわけ強化したい分野はどこでしょう。 橋本さん 農家さんが手軽に使える診断をみんなに使ってもらい役に立ちたいですね。 妻の橋本禎子さん 農家さんとりわけ有機農家さんの力にきっとなれると思うんですね。健康で安全な作物を栽培する力になれると思うので、そこを強化していきたいですね。 橋本さんは佐賀県が行っているスタートアップ支援事業に応募し、積極的に活用してきた。ビジネスを創出するStartup Gateway SAGAを2022年、資金調達に向けた磨き上げを行うStartup Boost SAGAに2023年8月から参加しており、関係企業などとのつながりを構築するStartup Connect SAGA、PR・広報などを学ぶStartup Promote SAGAにも2023年6月から参加している。 ――佐賀県のスタートアップ支援プログラムを受けてこられてどうでしたか。 橋本さん まずGatewayではアワードを受賞でき、今年度は「Startup Launch事業化補助金」にも採択され500万円の補助金を交付いただいています。これでバイオセンサーの新しい装置を作っており、年度内に完成する予定です。また、ホームページもリニューアルしたことで、以前より問い合わせも増えました。さらにConnectでは「もう少し微生物を分かりやすく説明した方がいい」という指摘もあり、土壌微生物をキャラクターにして微生物の役割を分かりやすく説明するといったことにも取り組んでいます。一人ではこれだけのことはとてもできなかったでしょう。支援とアドバイスがあってここまでこれたと思っています。 橋本好弘さんプロフィール 1959年長崎市生まれ。九州大大学院農学研究科で博士号を取得。2001年に種苗会社「株式会社サカタのタネ」に入社。2020年サカタのタネを退職。2021年土壌フローラ診断を広めようと合同会社土壌診断用バイオセンサー研究会(SDB研)を設立した。