「考えることは楽しい」好奇心を育む尊さを提案する。 フレル株式会社代表 江口昌紀さん
記事:山本卓
3月上旬、佐賀県西端の有田町役場にフレル株式会社社長の江口昌紀さん(41)の姿がありました。江口さんは、自社ブランド「Fulelu Edutainment Games」の第一弾として、6×6マスに入ったキューブを取り合い、数や色で得点の多さを競う木製の対戦型落ち物パズルゲーム「RoRop(ロロップ)」を生み出した新進気鋭のゲームクリエイターです。
この日、江口さんはロロップを有田町の生涯学習課に寄贈し、町内の子どもたちにロロップのを使って考えることの楽しさを感じてもらうワークショプを開催するために有田町を訪れていました。ワークショップでは、江口さんが一度だけ、ゲームのルールを説明しただけで、参加した子供が夢中になって、キューブの取り合いに没頭していました。さらに、取材中に驚いたことは、子どもたちが自らルールを作り遊んでいたことでした。
江口さんによると、「子どもが集中して考える、没頭するという体験が必要だと感じます。プログラミング教育とは、必ずしもコンピュータが必要なのではない、と思っています。「仕組みを理解すること。なぜ?を突き詰めること」を、ロロップを通じて自分で情報を集め、その情報を活用して問題を解決していく力を育んでいけると、教材として可能性を語った。
一方で「ゲームである以上、楽しさを忘れては駄目だ。」とも語る江口さん。「『勉強するんだ!』などと気負う必要はまったくないです。ゲームが勉強になるという全てではないけれど、考えるって楽しいなというところを身につけていただけると嬉しいなと思います。だって遊びなんだから」とニヤリと笑いました。
ロロップを寄贈された有田町関係者は、教育的な観点でロロップをどのように見たのでしょうか。実際にロロップを体験した同町の松尾佳昭町長は、これからの時代を生きる子供たちに時代をサバイブするために「必要なこと」がロロップにはあるとみています。
【有田町の松尾佳昭町長(右側)】
「『考えることは楽しい』もそうですが、答えがないところで自分なりの答えを見つけることこそ、学びに繋がるのだと思っています。今の時代を生きる子どもたちに、人から与えられるのものではなく、自分自身で見つけたものこそが面白いんだよ、ということに気づいて欲しい」(松尾佳昭・有田町長)
また、教育現場の責任者である同町教育長の栗山昇氏はロロップで遊んだ子供たちでつながる有田町の未来に強い期待感を示しました。
【有田町教育長の栗山昇氏(右から2人目)】
「考えたり、不思議だなと感じたりすることで問いは生まれます。その問いを調べていくうちに、新たな問いが生まれます。そうしたことを繰り返しながら、子どもたちの探究心は磨かれていきます。ワクワクする気持ちから、いろんな活動が始まるのです。そして、さまざまな人と触れ合うことで、コミュニケーション力も養われるのです」(栗山昇教育長)。
”考えること“の楽しさを江口さんが知ったのは、少年時代にゲームと出会ったことがきっかけでした。ゲームを生み出す江口さんは、何を思い、その先に何を見ているのでしょうか。江口さんの仕事にかける想いを、合同会社Light gear代表の山本卓が聞きました。
勝ち負け以上に「考える」を楽しむ キューブのパズルゲーム「RoRop」
【写真: 自社ブランド「Fulelu Edutainment Games」の第一弾として開発製品化した知育玩具「RoRop(ロロップ)」】
――先日の有田町生涯学習課へ寄贈、そして小学生向けのワークショップ。初めてのゲームを前にして、子どもたちはドキドキ、ワクワクといった感じでしたね。
江口昌紀(以下、江口) 遊ぶ前に一度だけルールの説明をしたんですけど、僕が思っていたよりスイスイ遊んでくれて嬉しかったですね。「負けても楽しかった!」というアンケート結果を見た時、よっぽど面白かったんだな、と嬉しくなりました。こういった瞬間が「このゲームを作った甲斐があったな」って嬉しくなります。でも、それ以上に嬉しかったのは、“自分オリジナルのルールを作って遊んでいた”子どもがいたことなんです。
【じっくりと考えながら集中したゲームが繰り広げられていました】
江口 簡単にいえば、色並べのゲームです。下段から色を取って上段にある同じ色のブロックに積み重ねていき、早く色を揃えたほうが勝ち、といったルールでした。私自身は全く思いつかなかったルールで、自分でも考えつかなかったルール考えられた、「やられた!」って、嫉妬しちゃいました。(笑)
【感想を書く児童。江口さんの上着の鳥の絵もしっかり描かれていました!】
――自分でルールを作って遊ぶことの楽しさわかります。トランプでやる大富豪とか地方ルールとかも、やっぱり面白かったですもん。
江口 ロロップは次に何が落ちてきて、どのキューブを取れば色をそろえることができるかを思考したり判断する力、獲得したキューブが何点になるかを掛け算、足し算を使って計算する力が必要です。いずれも楽しみながら身につくスキルで、ゲームを通じて、“考えるって楽しいな”と思ってくれたら嬉しいですね。
人と人との距離感を楽しむことで、自分自身が成長できるアナログゲームの魅力
――先日体験会の際に参加された子どもの保護者から「パソコンでのプログラミングのゲームもありますが、機械で対戦するのと、人と一緒にわいわいとボードゲームで遊ぶのとは感覚が違って面白かった。アナログゲームだからこそ出来る1対1のコミュニケーションの楽しさを感じました」との感想が寄せられたと聞きました。フレルの事業を見ているとゲームを中心としたコミュニケーションの距離感を大切にしているように感じました。
江口 フレルの社名にある通り、「触る=フレル」ことのできる距離を大切にしています。だからフレルが提供するのはデジタルゲームではなく、アナログゲームなんです。みんなで集まって遊ぶ。そして、元々のルールに自分たちで新しく作ったルール加えていくこともできます。新しい遊び方(ルール)を自分で考えると、人に遊んでもらうために、どうやって遊び方を伝えるかを工夫しなければなりません。その工夫はコミュニケーション能力の向上につながると思うんです。ゲームや遊びは、楽しいだけで終わらない。社会性や思考力を鍛え、ゲームや遊びを通じたコミュニケーションで友達とも仲良くなれる。楽しい以上の価値がアナログゲームにはあるのです。
【事務所内にはたくさんのボードゲームが置いてある】
――アナログゲームは、相手と対峙しながら遊びますよね。対峙することで生まれるコミュニケーションがアナログゲームの魅力なんでしょうか。
江口 例えば、「このサイコロを使っちゃダメだよ」とか、ルールをその場で作ることもできる。自分たちで話し合いながらルールを考えることで、ゲームをさらに進化させる可能性も秘めているのです。近年、アナログゲーム、ボードゲームの市場は右肩上がりなのですが、その理由は、デジタルでもアナログでも、おもちゃやゲームで遊ぶことで生まれるコミュニケーションが重要視されてきているからじゃないかと個人的には思っています。
【事務所内の工房。ここでロロップは生まれた】
――ゲームの醍醐味はどこでしょうか。
江口 ロジカルに考えられる力をつけるのがプログラミング教育の本来の目的。デジタル社会には、あらゆる情報が共有されるため、皆が同じ情報持ち、同じような考え方になりやすい性質があり、もしかすると個性が薄まっていく可能性もある。私は好奇心と個性を育むのがアナログゲームの醍醐味だと思っています。仕組みを理解し「なぜ?」を突き詰めること。ロロップをする中で、「次の人はどうやってキューブを取るのだろう?」「どうやってキューブが落ちてくるのか?」といった空間認識能力や先読み力、計算力、判断力を育んでいける。ゲームで遊んでいた結果、楽しいものが学びにつながっていけば良いな、と思います。
「考える事って楽しいな」と感じた経験が、自分自身の原点
【インタビューに答えてくれる江口さん】
――どんな幼少時代を過ごしていたんですか?
江口 小さい頃から、ゲームや遊びが周りにたくさんありました。ファミコンやトランプ、オセロ――。父親と将棋もやっていたりしてましたね。ある時期に友達と、“ゲームのルールを作る”遊びをしていました。それが本当に楽しくて「考えることって楽しいな」と感じた経験が、今の自分自身の原点です。
――江口少年は、考えることの楽しさをその時代に感じでいたんですね。
江口 考えることは、嫌いじゃなかったと思います。ただ、勉強はさほど好きではなかった。そこの違いって何だろうと思います。(笑) 勉強もゲームのように楽しめたら良かったのでですが…。 ゲームは、僕の人格形成に結構大きく影響していると思います。
――これまでの人生で、ゲームと出会ったことで「自分が変わったな」ということはあるんですか?
江口 「落ち着きがない」だの「理屈っぽい」だの、今も言われることはさておいて。とくに昔から変わってないんです。ただ単純にゲームが好き。遊ぶことが好き。とにかく好き。ただ、そうしたゲームや遊ぶことを通じて、物事を長時間考えることに抵抗はありません。
「考えることを楽しいと感じることが尊い」
【体験会にて。江口さんから楽しそうにレクチャーを受けている子どもたち】
――僕も子供たちとロロップで遊びました。「なるほど。その手で来るのか」って真剣に考えていたり、得点を計算する時に、自分で点数を導き出せるとたどり着けると、本当に嬉しそうで。「1つのゲームから様々なことが学べるんだなあ」と僕自身が再認識させられました。
江口 考えている時ってみんな楽しいんですよ。言葉じゃなくて、感覚で感じるものだと思います。ロロップには知識はいらない。どうすれば相手に勝つことができるかを考え、その考え方で結果が変わってくる。
自分たちでルールを作る時も同じで、知識はいりません。ロロップだけを見てゲームのルールを考える。6色6個のキューブをどうやって動かそうか、そう動かしたら楽しいかを考えてルールを作る。ゲーム考案者の私が思いつかなかったような面白いルールが出てきたりします。子供は発想の天才だなって思います。
【どんどんアイデアが生まれ独自のルールを生み出している子供たち】
――「ロロップ」の今後の展望をお聞かせください。
江口 生涯で初めて地球の裏側にまで持っていけるコンテンツ作ったと思っています。言葉もいらない、知識もいらない、つまり、あらゆる国のあらゆる人たちが遊べる、それがロロップです。だから「日本だけに留めておくのはもったいないな」と思います。むしろ海外の方に愛されるんじゃないかとかも思うほどです。触ってもらい、そこに価値を感じてくれる人達が海の向こう側にいる。なので海外展開も視野に入れています。
――国や地域で新しいルールが出来たら、また面白いですもんね。
江口 そうですね。世界中の人に遊んでもらいたいし、考えることは楽しいことを世界に広めていきたい。考える行為は僕自身ものすごく尊いものだと思っています。ゲームが生み出す世界観を通じて、世の中に社会貢献したいと思っています。
「考える」と共に、僕は仕事をしています。
【このクシャッとした笑顔に、癒されました】
――江口さんが事業を続ける理由ってなんですか?
江口 事業を続けるという感覚よりも、ただやりたいことをしているだけ、という感覚が近いのかもしれません。ミュージシャンが自分の出したい音があるから曲を作ったり、楽器で演奏したり。歌を歌うのと同じように、「ゲームを作りたいからゲームを作る」ただそれだけなんです。自己表現というか、アーティスティックな世界なのかもしれないですね。
――辞めようと思ったことはなかったんですか?
江口 楽しいことって永遠に続けられますよね。僕にとって、考えることが楽しいことなので、ゲーム作りは永遠に続けられるんです。事業としての資金の工面など、やらなければいけことも多くて苦労もありますが、世の中にゲームを送り出し続けたいと思っています。
――江口さんが生み出す「ゲームや遊び」とは、なんなんですか?
江口 ゲームや遊びからは、話し方や気配りといったコミュニケーションスキルを子供が自然に学ぶことができます。そうしたことは、親や先生から注意されながら学んでいくのではなく、遊びの中から考え学んだ方が、楽しく身につけることができます。ロロップも教育の教材という位置づけではなく、子供たちが自然と、楽しんでいるうちにスキルなどを身につけることができるコンテンツになってもらえれば、と思います。
――確かに遊びやゲームが教育教材になってしまったら、違う気がしますね。
江口 例えば、ロロップで学校の成績がつくようになったら、ロロップは楽しくなくなります。ロロップができなかったって、人生で困ることは一つもないんです。(笑) だからこそ、思いっきり楽しむことができるんだと思うんです。
――ロロップや江口さんがゲームを通じて生み出したい世界感ってありますか?
江口 一言では言い表せないのですが、好奇心や思考力などを育むきっかけの一つとして、ロロップを提案し、世界の平和に貢献したいと思っています。みんなが世の中のことをもっと深く知ろうと思ったり、思考力を深めたりすることで、家族や友人、知人などの周りの人を深く知ろうと思うことにつながり、その輪がどんどん大きくなって、国や世界レベルに広がっていけば、世界平和につながるのではないでしょうか。だからこそ、最初に義務教育で好奇心や思考力を育むことのできる場である初等教育は楽しいものであってほしい、と強く願います。考えることの楽しさを知ることは、学ぶことのはじめの一歩だと思うからです。親に「勉強が大事だから勉強しなさい」って言われたら勉強しますか?
――勉強したくないですね。
江口 勉強や学ぶことで何が大切なのかを伝えるのってすごく難しい。だから算数やコミュニケーションなどあらゆることを、考えるためのきっかけづくりをゲームでできればと思うんです。僕は教育者でもなんでもないですし、思想家でもない。僕にできる事は、ゲームを作って学ぶことに寄り添い、「考える楽しさ」を知るためのきっかけの提案をしているんです。学びを面白がることが世界平和につながりますし、僕が目指すべきことは…。後世に天才と呼ばれる人物が出てきた時に「ロロップを通じて考えることが楽しいんってことに気付かされました」と言ってもらえるようになりたいです。未来の天才たちの誕生の貢献に繋がっていけたら嬉しいし、そうなってもらうためにも、今日もゲームと共に仕事をしています。