サムネイル

自治体の「常識」覆して進む佐賀県の起業家支援 横展開のカギは仕組み化とオープンイノベーション

ツイッターアイコンフェイスブックアイコンはてなブックマークアイコンラインアイコン

佐賀県が取り組むスタートアップ支援プログラム「Startup Ecosystem SAGA」。佐賀県のスタートアップ育成や資金調達支援について調査研究活動を続けてきた熊田憲(くまた・さとし)・弘前大学人文社会科学部准教授は「自治体の常識を覆しながら進めてきた」と佐賀県の取り組みを評価する。全国からの視察も後を絶たない佐賀県の起業家支援の特徴や、他の自治体が参考にするにはどうすればいいのかなど、熊田准教授に話を聞いた。


聞き手・毎日みらい創造ラボ 永井大介

 

――佐賀県の起業家支援の取り組みに出会った経緯は?

 

熊田さん 2017年、クラウドファンディングで資金を集める方法が広まり始めていたころ、私はクラウドファンディングの研究を始めました。地銀の動きを中心に調べていたのですが、腰を据えてやっている地銀が見つからない中、2021年に「佐賀県が本気でクラウドファンディングに取り組み、クラウドファンディングの成功率を上げている」という噂を聞き、佐賀県に連絡をして、取り組みを調べさせてもらったというのが最初の出会いでした。

 

クラウドファンディングに競争原理を導入

 

――佐賀県が実施していたクラウドファンディングはどのような特徴があったのですか?


熊田さん 県と資金調達を専門職とするファンドレーザーが連携協定を結び、企業が行うクラウドファンディングの資金調達をサポートし、最終的に調達額の10~20%程度が佐賀県より支給される仕組みで、非常に画期的でした。

 

県が仲介役となり、挑戦したい企業とファンドレーザーを引き合わせるケースや、ファンドレーザー自身が県内の案件を掘り起こす場合もありました。この仕組みだと、ファンドレーザー間で競争が起きますし、報酬も結果に応じた「成果報酬」となります。


出典=熊田氏の論文、「佐賀県によるクラウドファンディング:地方創生の実現に向けた影響と効果」より抜粋


普通に考えると、行政では年度始めに成功報酬分の予算を確保しておく必要があり、行政の性質を考えると、通常はこの予算を年度内に消化する必要があります。しかし、佐賀県ではこの部分にある程度の自由度があり、佐賀のためになることを優先させるべきとの認識がありました。

 

この自由度を認める柔軟さが、ファンドレーザーを競わせる仕組みを生み出していました。


非常に面白いし、今まであまり聞いたことがないので、さらには、クラウドファンディングの成功率の上昇といった成果に結びついていました。



出典=熊田氏の論文、「佐賀県によるクラウドファンディング:地方創生の実現に向けた影響と効果」より抜粋

地方は都会とは異なり、金融機関やベンチャーキャピタルなどビジネスをサポートする人や組織は少ない。ファンドレーザーも例外ではなく、マーケットが大きな都会の方が、事業も商売になりやすい。そうすると地方では調達したくても、誰にも助けてもらえないという状況が出てきます。

 

現在、いくつもプログラムを走らせている佐賀県の起業家支援の取り組みですが、当時は試行錯誤の段階で、どうあるべきかを模索している時期でした。最初はチャレンジする方々の資金調達をどうするか、といった視点から始まったと思います。


県庁内イノベーターが活躍できる組織風土が佐賀県の成功の秘訣


――佐賀県では産業労働部産業DX・スタートアップ推進グループが時に起業家にFacebook Messengerで直接アドバイスを送っています。ここまで起業家に寄り添った支援をする自治体は他にはありますか?

 

熊田さん 私の調べた範囲では他の自治体では聞いたことがありません。佐賀県では、全国に羽ばたく規模のスタートアップはまだ十分には育っていませんが、時間が経てば成功事例はいくつか出てくると思います。佐賀県の取り組みは、自治体の取り組みとしてモデルケースになりうる可能性を秘めていると考えます。



ただ、「どんな自治体でも佐賀県と全く同じことができるのか?」という疑問は残ります。他の自治体で業務の中に、産業DX・スタートアップ推進グループのような動きを、組み込むことができるのかといえば、なかなか難しいと思います。

 

佐賀県で起業家支援の取り組みを中心になって進めてきたのは、産業DX・スタートアップ総括監の北村和人さんです。北村さんのようなイノベータータイプの人物が、自分の能力を県庁という行政組織の中で発揮できることが、自治体という組織の性質を考えた時に、すごいことなのです。

 

北村さんのようなイノベータータイプの行政マンが全国の自治体に数多くいるとは思えないし、多分、そんなに人数もいらっしゃらないでしょう。

 

また、イノベーターが自治体の中にいたとしても、組織が硬直化していることが多く、佐賀県のようにイノベータータイプの行政マンが、自分の能力を発揮できる環境は少ないと思います。北村さんと一緒に働く、産業DX・スタートアップ推進グループのメンバーも含めて、「この人たちだからこそできた」「佐賀県庁だからこそできた」というのが、今の佐賀県の起業家支援の実情なのだと思います。

 

ただ、企業経営も同じですが、イノベーターがいる所でしかイノベーションを生み出せないとなれば、イノベーションの機会は非常に限られてしまいます。ごく一部の、天才的なイノベーターがいなければイノベーションを起こすことができないとなれば、そういう人がいない組織は打つ手はなくなってしまいます。

 

イノベーターがいない組織でイノベーションを生み出すには、「仕組み化」、「オープンイノベーション」が鍵を握ると考えます。

 

具体的には、組織が「起業家を支援する目的」といった本質的な部分をしっかりと組み立て、自分たちにできることは自分たちでやり、自分たちにできない部分は、オープンイノベーション的に、外部の専門家の知識を借りて実施するという方法です。

 

他の自治体でも、起業家支援に取り組んでいるケースは増えていますが、自治体が自分たちだけで抱え込んでしまってお手上げになったり、外部に丸投げしてしまい結果が出なかったりする自治体が多いと思います。自分たちにできることを明確にすることで、イノベーターがいない組織であっても光が見えてくるのではないでしょうか。


目標設定、連携マネジメント…起業家支援で自治体がやるべきこと


――自治体が自分たちでできることと外部組織にお願いすること、どのあたりで線引きするのが良いのでしょうか?

 

熊田さん どこからどこまでを線引きをするかは、ケースバイケースなので、「ここだ」と言い切れるものではないのですが、まずは、外部の知見を借りながらも、全体をしっかりとマネジメントすることが大切です。

 

自治体は民間企業ではないので、外部の民間企業と協業しながら、全体マネジメントをする事自体、得意ではないとは思うのですが、そこをどれだけきちんとコントロールできるのか、連携マネジメントができているかを自治体は問われていると思います。

 

オープンイノベーションで外部の民間企業と起業家支援プログラムを実施した場合、外部の民間企業が自分勝手に動けば、最終的な目的や目標がずれてしまう懸念があります。まずは自治体が最終目的を明確にして、最終目的に進むための枠組みを作り、最終目的にたどり着けるよう、参加する組織それぞれが連携することがマネジメントでは求められます。

 

――産業DX・スタートアップ推進グループは、ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)を作り上げています。各プログラムで年度ごとの達成目標を見据えつつ、大きな目標として佐賀から世界に飛び出すスタートアップを作るということを、県庁と外部の事業者が目線をそろえています。

 

熊田さん MVVがしっかりと存在することで、オープンイノベーションで入ってくる外部組織にも「我々の最終目標はこれだから」と明示することができますし、外部組織もミッションから外れたことはできなくなる。

 

「これをやってください」とか「これはやってはダメです」という制度ではなくて、「このミッションに向かうために必要なことはやっていいですよ」という制度であれば、一時的にメリットが生まれるようなことでも、ミッションとは関係のないことであれば、「ミッションと外れるようなことは控える」流れにつながり、外部組織が「やらないこと」が明確になります。


地方自治体は国とは異なる「きめ細やかな」起業家支援を


――政府もスタートアップの育成に向けた5か年計画の原案をまとめ、スタートアップへの年間投資額を現在の約8000億円から2027年度に10兆円規模に引き上げ、評価額1000億円以上の未上場企業「ユニコーン」を100社に増やすことを目指しています。国がスタートアップ育成に舵を切る中で、地方自治体のスタートアップ支援はどのような形を目指すべきでしょうか?

 

熊田さん 国のスタートアップ支援は当然必要でしょうし、やらなければならないことだと思います。国という規模感を考えた時に、国でしかできないことがありますので、国がやらなければならないことに注力して頑張っていただきたい。

 

一方で、私が対象にしているような、極端な言い方かもしれませんが、どこにでもいる普通の人の発想や、ちょっとした工夫とか、そういうものまで「国が支援しろ」と言われても、国も「いや、そこまではできないよ」となると思います。

 

こうした地域の小さなイノベーションの芽は、地域でしか支援できません。こうしたものに目を配り、声を拾い上げて、伴走して、密にコミュニケーションを取る、まさに佐賀県がやってきたことだと思います。

 

その地域の中核産業がどういったもので、その強みがどこにあるかを知っているのは地域の人です。そうした前提を踏まえて、その地域でしかできないことを、きめ細かく支援していくことを地域ではやっていけばいいだろうし、国の支援が必要なほど大きく成長する事業は、地域では対応できないので、国の支援を受けてやってもらうイメージだと思います。

 

ただ、国の支援だけだと埋もれてしまうアイデアはたくさんあるし、アイデアがあるのにチャレンジもできない状態は地域として非常にもったいない。一番地域のことをよく知っている人たちが、「これはうまくいくのではないか」「地域の中でいろいろ波及効果もあるかもしれない」と目利きをして、支援する形がいいのではないでしょうか。

 

ただ、地域にはあまりお金がないので、クラウドファンディングでもほかの手段でも形は問いませんが、お金をなんとか引っ張ってきて、アイデアを試してみる。ダメだったら、諦める。こうして試す人がどんどん出てきて、トライアンドエラーができる地域になっていかないとダメで、昔と同じビジネスを昔と同じやり方でやっていくのでは、先細っていくのは目に見えています。


「公平性」「平等性」の壁を仕組みで乗り越えた佐賀県


――イノベーションを生み出す環境作りという点でトライアンドエラーを誘発するために、ある程度の失敗は許容してもらえる心理的安全性も大切だと感じています。そういう意味でも、県民の方を見て、県の産業とか企業を見ている自治体の役割は非常に大きいのではないでしょうか。

 

熊田さん もともと、自治体の仕事にはオープンイノベーションのためのマネジメントなんてものはありませんでしたし、成功するかしないかを後押しすることも仕事ではなかったはずです。



自治体の仕事は、最終的には平等性や公平性に行き着きますし、特定の民間企業だけをこう支援していいのかという議論は必ず最終的には出てきてしまいます。そういう意味で、佐賀県の取り組みは、自治体の常識を覆しながら進んでいると感じますし、可能性を秘めてると思います。

 

ただ、公平性、平等性の議論で言えば、支援する特定の企業を公募し、審査プロセスの透明性を高めることで、「不平等だ」という指摘についても、「そんなことは無いのであなたも応募してください」と説明ができます。

 

平等性や公平性は仕組みで担保してることをオープンな形で示すことができれば、特定の企業の支援は自治体でも可能なのではないかと佐賀県の取り組みで感じます。

 

ある種、「平等性、公平性が担保されない」と、後ろ向きな自治体は、自分たちで仕組みを考えることができず、何も仕掛けないことが当たり前になっているのだと思います。今後、自治体の能力、実力で地域差は拡大していくのでないでしょうか。

 

自分たちのできる範囲でできることをやっていけばいいし、できないのであれば、できる人にやってもらえばいい。できる人が地域にいるのであれば、なるべく地域の人たちを使いつつ、地域にいないのであれば、地域の外から連れてくれば良い。そういう形で広げながら、組織間の関係性を保った上で、全員でなんとかしていこうという心構えが大切だと思います。閉塞感が強まる地方では、総合力で何とかするしかないでしょう。

 

戦後、日本が進めてきた、中央で集めて、地方に流すというやり方は終わったと感じていますが、今でも地方は待ってる人が多いのではないでしょうか。「いつかまたあのいい時代に戻るんじゃないか?」と幻想を抱いている方もいるかもしれませんが、戻りはしません。待ってる間にその地域はなくなってしまう。そんな時代なのだと思います。

 

厳しい言い方かもしれませんが、何もやらずに待っているだけで動かなければ、見捨てられます。少なくとも助けて欲しいのであれば「助けてくれ」と言わないといけないし、やりたいことがあれば「やりたい」と言わないといけない。

 

待っていて救世主が現れて、助けてくれることはもうないと思います。動いた、頑張ったという地域だけが残る可能性があり、頑張らない地域は衰退する運命にあると思います。

 

熊田憲 1966年宮城県仙台市生まれ。東京理科大学卒業後、石川島播磨重工業を経て、東北大学大学院を修了、研究職の道に。東北大、事業創造大学院大学などを経て、2016年4月から現職。新規事業支援等に関するクラウドファンディングの効果について研究。「佐賀県によるクラウドファンディング:地方創生の実現に向けた影響と効果」「クラウドファンディングと地域イノベーション:ファンド・インキュベーション概念の探求的考察」など多数の論文を発表している。


関連タグ

関連記事